Person 05

建物の品質と性能を守り、
サンケイビルが取り組む
開発事業の支えとなる。

技術二部

山田 愛子

2019年入社
家政学部 住居学科 卒業

PROFILE

デベロッパーの中でもサンケイビルに興味を持ったのは、大学の先輩と思われる人の活躍をパンフレットで知ったからだった。その生き生きとした姿に憧れた。会社の規模は決して大きくはないが積極的に新しいことに取り組んでいる。自分が主体となって事業を担う機会もありそうだ。きっと成長も早い。そう思って入社した。趣味は旅行。特に海外が好きで、お気に入りはカーニバルシーズンのヴェネツィア。

建築が好きで住宅を学んでいた。
就活で街づくりのおもしろさを発見。

子どもの頃から建物を見たりするのが大好きで、親戚にはハウスメーカーに勤務している人もいました。進学するときも、住宅について学びたいと思い、住居系の学科のある大学を選択。生活に密着したところで建築のことを考えていました。
就活時にまず考えたのもハウスメーカーです。住宅の設計や施工に携わる仕事を考えていました。しかし、徐々に一棟の建物より、街づくりそのものに興味が広がり、もっと大きな視野で建築に関わりたいと思うようになりました。デベロッパーに範囲を広げて企業研究をする中で出会ったのがサンケイビルです。サンケイビルは幅広い事業に取り組んでいて、多くのアセットが経験できること、また、少数精鋭で若手の頃からプロジェクトのリーダーになって携わることができることに魅力を感じ、入社を決めました。

技術職への配属に不安を感じたが
学びを重ね一級建築士資格も取得。

新人研修を終え、配属されたのは技術二部でした。主に新築マンションの品質や安全、工程、コスト管理を行う部署です。建築系といっても私は住宅の勉強しかしていない。構造や設備はわからないので不安でした。しかし「最初は誰だってわからない。恥ずかしいなどと思わず、何でも聞きなさい」と上司に声を掛けられ気持ちが楽になりました。進行のフェーズの異なる3物件をサブとして担当、定例の現場会議に出たり、竣工検査に同行して、上司が何をチェックし、どういう指摘をしているのか、メモを取り、わからないことは調べ、それでも不明なことは先輩や上司に聞いて一つひとつ覚えていきました。
1年目の秋からはメインで物件を担当。関係会社との打ち合わせや交渉は私の役目であり、社内に戻って報告するのも私です。自分がどう判断し、どう動いたのか。サブの時代とは責任の重さがまったく違いました。「まだ1年目」という言い訳は通用しません。私にとって大きな転換点になりました。当時は一級建築士の資格取得にも取り組んでいたので、平日の夜は勉強、土日は学校と時間的にもハードな日々でしたが、現場の経験と資格の勉強がうまく絡み合って理解が進み、自分なりに大きく成長できたと思います。

新たに物流施設にもチャレンジ。
街の未来を提案できる仕事が楽しい。

2年目も技術二部で同じ仕事に就きました。担当する物件数が増え、また、これまでは設計を終えて工事が始まっているものを受け持っていたのですが、基本設計の段階から関わるものも出てきました。建築コストに対して物件の規模や収支のバランスは適正なのか、という議論になることもあり、「ここを変えたらどうなるか」と、法令との整合性も含めて設計事務所と突っ込んだやりとりをすることも出てきました。技術部門は「サンケイビルがつくる建物」の品質や性能を決定する立場にあります。安易な妥協も見落としも許されません。開発側の意図も理解しつつ、これが最善というものを世の中に送り出さなければならない。大きな責任とやりがいを感じます。
現在は、3年目に入って、これまでのマンションに加え物流施設を担当しています。住宅とはまったく性格の違う建物であり、求められる機能や設備、人の動き方やトラックの動線の理解など、新たに学ぶことばかりです。しかし、物流施設は、人々のライフスタイルが大きく変わり、ECが爆発的に拡大する中で、社会の新たなインフラのキーとなる存在。ICTの活用を含めまだ進化の途上にあり、その開発はデベロッパーの重要な役割です。「サンケイビルの物流施設はいいね」という社会的な評価が得られるよう、会社の取り組みの先頭に立って貢献したいと思います。

(2021年10月インタビュー)

for my [Future]

サンケイビルは若いうちから責任ある仕事を任せられると聞いていましたが、想像以上でした。その重圧に負けずにすんだのは、サポーターとして私を支えてくれた先輩の女性です。同じ物件を先輩がメイン、私がサブとして担ったこともあり、また、仕事上だけでなくプライベートでも、本当に頼れるすばらしい方で、現在の自分は先輩抜きには考えられません。ゼネコンや設計事務所とも対等にやっていける知識も度胸も身に付けることができました。これからは私が後輩の力にならなければと思っています。

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